Setsu. 1992-1995

1992年の秋から1995年の暮れまでの、長沢節先生の言葉を中心としたセツ・モード・セミナーの点景集 。 copyright (C) GRINO.

みんなでマチスのデッサンを見ていたら、ある(白髪の)先生がコーヒーを持ったまま隣に座って構図の話になりました。

「うまいねえ」

 うまいですねー

「こういうデッサンは 画面という枠があるから成り立っているものなんだよね。画面を構成する為の線だから。こいういうところで、画面をキメているでしょう」

「たとえばセツ先生のデッサンは本人も言ってるように彫刻だから、人物だけ切り取ってどこの枠のどの画面に貼付けてもそのデッサンの価値は変わらないけれど、こういう画面のデッサンは、この枠をちょっとでも変えちゃうとたちまち価値が無くなってしまう。ね、ほら」

 ホントですね。線自体はきれいだけれど…

「これも構図だからね。でも『画面を構成する線画デッサン』というのはつきつめていくと…みんなマチスになっちゃうんだな、これが」

 先生はデッサンを描く時は、どちらなんですか?

「どっちがずなんだよね〜」